2015年11月3日火曜日

印刷版『祈りの理論&サンスクリット語の祈りのことば』も発刊しました!

アマゾンで販売開始しました

おかげさまで、アーユルヴェーダのカテゴリーで
ベストセラー1位です。

ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持った人が

一番始めに習う祈りのシュローカを集めました。


色がこのサイトとマッチしていますね。

ランゴーリ、テンプル、ディーパ(ランプ)の灯りをイメージしました。

*****

私、Medha Michika の著書の売り上げは全て、

アシュラムへの寄付と、教科書の作成・印刷・配布に使われます。

*****

これからも、より多くの人に、祈りについて知ってもらい、

世界中の皆の幸せに貢献出来ますように。

祈りを込めて。



私は日本でも、お祈りをしにお寺や神社、

ご先祖様のお墓を訪れることはありましたが、

毎日の習慣として、そして自己成長の手段として

お祈りを教えてもらったのはインドに来てからでした。

そして、祈りが、私の手をとって正しい方向へ導き、

時間を掛けながら私の人生を変えてくれました。

でも、祈りはインドにいなくても、どこに居ても出来ます。

私がインドに来る前、日本やアメリカで働いていたときに、

祈りについてもっと知るきっかけがあったら、

誰かに教えてもらっていたら、

祈りという、もうひとつの幸せになる手段、自己成長の手段があることを、

知っていたら良かっただろうな、と思います。

そういう思いでこの本を著しました。


最初の理論の部分は、祈りを日本語で紹介することについて、
プージャ・スワミジに相談した際にいただいたアドヴァイスを反映させました。

私がプージャ・スワミジの元で学んだ、ヴェーダの伝統のスピリッツが、
端々にまで浸透している一冊です。

ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持たれたて来た方が、
まず一番に習うプレーヤー(祈りの句)を、学び易いレイアウトでまとめました。


それぞれのシュローカについて、祈りの目的の紹介、サンスクリット語の単語一語一語に関しての対訳、そして全体の訳、さらに発音のポイントを説明しています。

さらに、「祈りって何?」「誰に祈るの?」「神様を信じる必要はある?」といった、祈りの疑問に関しても、現代人の腑にすっきり落ちるよう、全て理論的に答えています。

幸せの意味、ヨーガの意味、といったコラムも挿入しました。

内容紹介

祈りは、幸せになりたいという望みを表現する行為です。
行為であるがゆえに、必ず結果を生みます。

第一部祈りの理論では、
「祈りとは何か」「誰に祈るのか」といった疑問対して、現代人の腑にすっと落ちる理論的な回答・解説をしています。

第二部サンスクリット語の祈りのシュローカ(詩句)では、
古来インドにおいて口伝で受け継がれてきたサンスクリット語の祈りの詩句を、一語一語ていねいに、伝統に沿って解説しました。

(印刷書籍版ページ数:108ページ)

目次

第一部 
祈りの理論
一、 祈りについて
1) 祈りとは 8
2) 行為とは 14
3) 自由意志とは 16
4) 自由意志が最も自由な行為、祈り 21
5) 祈りは必ず結果を生む 22
6) 祈りによって得られるもの(ベネフィット) 22
7) 祈りについて知ることが、祈りの効果を高める 25
8) 誰に対して祈るのか 25
9) 何を祈るのか 28
10) どうやって祈るか 32
11) 集合的な皆の祈り 36
12) 祈りのある生活 36

二、 サンスクリット語の祈りについて
1) ヴェーダとは 37
2) 祈りに関する知識 37
3) デーヴァターとは 38
4) デーヴァター達の姿かたち 38
5) ナマハ、ナマスカーラ 39
6) サンカルパ 40
7) マントラとは 41
8) シュローカとは 41
9) シュローカの意味 41


本書の発音と表記について 43


第二部 
サンスクリット語の祈りのシュローカ

1. ガネーシャへの祈り 48
2. サラッスヴァティーへの祈り 50
3. 先生への祈り 52
4. 文献の勉強の前にする祈り 54
5. 平和を願う祈り 60
6. 朝起きたときの祈り 68
7. お風呂に入るときの祈り 70
8. 食事の前の祈り 72
9. 一日を通しての祈り 74
10. 就寝前の祈り 78
11. 祈りの最後に唱えるシュローカ 80

付録1: ガネーシャへの祈り 88
付録2: ヨーガ・クラスの始まりの祈り 91
付録3: スーリヤ・ナマスカーラ・マントラ 96

全シュローカ集 99


= コラム目次 =
コラム – 1: 生まれてきた意味 67
コラム – 2: 幸せの意味 84
コラム – 3: ヴェーダが教える幸せの意味 86
コラム – 4: ヨーガの意味 87
コラム – 5: 人助けは自分の成長を助ける 90
コラム – 6: 思いやり、アヒムサー 94
コラム – 7: 祈りの作法と習慣 98


より多くの人の幸福と平和に貢献できますように。
祈りを込めて。

Medha Michika


アマゾンでのMedha Michikaの著書一覧

Medha Michikaの著書

も参照ください。

2015年10月25日日曜日

新刊のお知らせ: 祈りのKindle本を出版しました



私は日本でも、お祈りをしにお寺や神社、

ご先祖様のお墓を訪れることはありましたが、

毎日の習慣として、そして自己成長の手段として

お祈りを教えてもらったのはインドに来てからでした。

そして、祈りが、私の手をとって正しい方向へ導き、

時間を掛けながら私の人生を変えてくれました。

でも、祈りはインドにいなくても、どこに居ても出来ます。

私がインドに来る前、日本やアメリカで働いていたときに、

祈りについてもっと知るきっかけがあったら、

誰かに教えてもらっていたら、

祈りという、もうひとつの幸せになる手段、自己成長の手段があることを、

知っていたら良かっただろうな、と思います。

そういう思いでこの本を著しました。

とても縁起の良いヴィジャヤ・ダシャミー(विजयदशमी [vijayadaśamī])の日に、アマゾンで電子書籍を出版しました。

追記: 紙の書籍版もアマゾンで発売開始しました。

最初の理論の部分は、祈りを日本語で紹介することについて、
プージャ・スワミジに相談した際にいただいたアドヴァイスを反映させました。

私がプージャ・スワミジの元で学んだ、ヴェーダの伝統のスピリッツが、
端々にまで浸透している一冊です。

ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持たれたて来た方が、
まず一番に習うプレーヤー(祈りの句)を、学び易いレイアウトでまとめました。



 こちらはKidle版です。(iPod, iPad, Androidでも読めます。)

追記: 紙の書籍版もアマゾンで発売開始しました。

それぞれのシュローカについて、祈りの目的の紹介、サンスクリット語の単語一語一語に関しての対訳、そして全体の訳、さらに発音のポイントを説明しています。

さらに、「祈りって何?」「誰に祈るの?」「神様を信じる必要はある?」といった、祈りの疑問に関しても、現代人の腑にすっきり落ちるよう、全て理論的に答えています。

幸せの意味、ヨーガの意味、といったコラムも挿入しました。

内容紹介

祈りは、幸せになりたいという望みを表現する行為です。
行為であるがゆえに、必ず結果を生みます。

第一部祈りの理論では、
「祈りとは何か」「誰に祈るのか」といった疑問対して、現代人の腑にすっと落ちる理論的な回答・解説をしています。

第二部サンスクリット語の祈りのシュローカ(詩句)では、
古来インドにおいて口伝で受け継がれてきたサンスクリット語の祈りの詩句を、一語一語ていねいに、伝統に沿って解説しました。

(印刷書籍版ページ数:108ページ)

目次

第一部 
祈りの理論
一、 祈りについて
1) 祈りとは 8
2) 行為とは 14
3) 自由意志とは 16
4) 自由意志が最も自由な行為、祈り 21
5) 祈りは必ず結果を生む 22
6) 祈りによって得られるもの(ベネフィット) 22
7) 祈りについて知ることが、祈りの効果を高める 25
8) 誰に対して祈るのか 25
9) 何を祈るのか 28
10) どうやって祈るか 32
11) 集合的な皆の祈り 36
12) 祈りのある生活 36

二、 サンスクリット語の祈りについて
1) ヴェーダとは 37
2) 祈りに関する知識 37
3) デーヴァターとは 38
4) デーヴァター達の姿かたち 38
5) ナマハ、ナマスカーラ 39
6) サンカルパ 40
7) マントラとは 41
8) シュローカとは 41
9) シュローカの意味 41


本書の発音と表記について 43


第二部 
サンスクリット語の祈りのシュローカ

1. ガネーシャへの祈り 48
2. サラッスヴァティーへの祈り 50
3. 先生への祈り 52
4. 文献の勉強の前にする祈り 54
5. 平和を願う祈り 60
6. 朝起きたときの祈り 68
7. お風呂に入るときの祈り 70
8. 食事の前の祈り 72
9. 一日を通しての祈り 74
10. 就寝前の祈り 78
11. 祈りの最後に唱えるシュローカ 80

付録1: ガネーシャへの祈り 88
付録2: ヨーガ・クラスの始まりの祈り 91
付録3: スーリヤ・ナマスカーラ・マントラ 96

全シュローカ集 99


= コラム目次 =
コラム – 1: 生まれてきた意味 67
コラム – 2: 幸せの意味 84
コラム – 3: ヴェーダが教える幸せの意味 86
コラム – 4: ヨーガの意味 87
コラム – 5: 人助けは自分の成長を助ける 90
コラム – 6: 思いやり、アヒムサー 94
コラム – 7: 祈りの作法と習慣 98


より多くの人の幸福と平和に貢献できますように。
祈りを込めて。

Medha Michika


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2015年9月25日金曜日

ブー(大地)・サマーディ


ブー(大地)・サマーディの儀式は、ガンガー・スナーナ(沐浴)で終わります。

ヴェーダの祈りの儀式は、それを実行する人を正しい方向へ前進させる深くて強い心理効果を与えてくれます。

はるばるタミルから来たスワミジ御用達のヴァイディカの司祭に付き添われて沐浴を済ましたリシケシ・アシュラムのスワミジに続き、皆で続々とガンガーに入ります。

冷たいガンガーの水が、この1ヶ月のリシケシでの時間に区切りを付けてくれました。

ガンガージーは、数千年前と同じように、今日も流れ続けながら、祈る人の心を綺麗に洗い続けています。


スワミジが愛する場所、私の新しい人生が始まった場所、何千年も聖人たちが瞑想をしてきた場所、リシケシで過ごしたスワミジとの最後の1ヶ月は、寝ても覚めても祈りの中にありました。

祈ることと祈りの意味を教えてくれたスワミジの近くでこのように一日中祈る機会を与えてもらい、この祈りという行動からさらに沢山のことを学ばせてもらいました。

スワミジのようなサンニャーシンのマハー・サマーディには、普通の人のように、「ご冥福をお祈り」する必要はありません。

普通の人は、魂(個の意識)が体を手放したら次の体を得て天国に行ったりまた人間になったり他の動物になってみたりします。

一方、自分の意味がここにある全てである人は、全てであるゆえに、何にもならないし、何処へも行きません。

ブランマ・ヴィディヤーの先生として、イーシュワラの祭壇として、プージヤ・スワミジの身体という形で私達の目の前で教え続け与え続けてくれていたけど、今日の儀式でその身体は全体に帰り、スワミジの栄光はそれを讃える人の上に降り注ぎます。


2015年4月20日月曜日

9.嫌いな人の幸せの為に祈ってあげる

蓮の花は、泥沼の中で育ちますが、
つぼみの中は何にも触れられずに、無垢のまま美しく育ちます。
蓮の葉は、完全に水をはじき、泥水に触れらることがありません。


負の連鎖を断ち切る簡単で確実な方法


自分を傷つけた人、

自分に敵意を持っている人、

自分の平和を脅かしそうな人、


でも、共存していかなければならない人、


そんな人がいたら、あれこれ心労する前に、

まず一番に、その人の幸せの為に祈ってあげるのが、

負の連鎖を断ち切り、平和に共存する為の賢い方法です。

正しい機会があれば、その人に自分が祈っている旨を伝えることも良いことです。



自分自身や自分の親しい人、そして一般的に皆の為に祈るのは難しいことではありませんが、

嫌いな人の為に祈るって?

と思う人もいるかもしれませんが、

これは道理に適っていて、平和的共存にとても有効な手段です。



周りの人間や動植物に危害を与えようとする人というものは、

一様に「幸せでない人」です。

だから最初は、その人が幸せになって、そして周りに危害を与えなくなるように、

祈ってあげればよいのです。



悲しみや怒りを感じられる自分を、誇りとする


人間関係の悩みにはきりがありません。

全うで理に適った背景があるなら、

誰かに関して悲しみや怒りを覚えることは悪いことではありません。

悲しむべき事を悲しいと感じられ、怒るべき事に怒りを感じられる、

そんな繊細な感性を持った自分を、誇りに思っても良いくらいです。


誰かの成功や優れた点をみて、嫌な気持ちになっている自分がいたら、

嫉妬してる自分も可愛いけど、自分はもっと大きい存在なんだ、という教えを

もっと深く理解する必要性を見出さなくてはいけません。


自分がいかに大きいか、という知識を知る必要性


大国の大統領でも、大企業のCEOでも、誰だって、その人の世界観は、

「自分 VS 世界」です。

勝ち目は到底無いくらい、「自分」とは小さな存在です。

普通の一般人として生きていたら尚更、「自分」とは、取るに足らない位、

統計に数えられているのかも分からないくらい、小さくて儚い存在です。

意地悪をされたり、裏切られたり、悪口をいわれたり、

良い意見を持ってもらえなかったり、無視されたり、

他者からの反応に多大に左右してしまう、そんな小さくて儚い存在です。


ヴェーダの文献は教えます。

「あなたとは宇宙と違わない存在なのですよ。」

「あなた自身の存在は、その小さな身体や心ではないのですよ。」

「あなたこそが、宇宙に存在を与えている、無限の存在なのですよ」

これらの教えは、信じる為の教えではありません。

理解する為の教えです。

伝統を知っている先生なら、きちんと、論理的に、丁寧に教えてくれるはずです。

伝えるべきことが伝わっている、だからこそ「伝統」なのです。

伝統を重んじないヴェーダーンタや、大学の講義では、

「伝統」の知識は教えられていません。


自分の存在について、知れば知るほど、周りの意見など取るに足らなくなってきます。

無知にまみれた周りの人達が、自分をどう思い、どう扱うかよりも、

自分が自分をどう理解し、自分と周りをどう扱うか、が重要なのです。


祈りの習慣


自分の為、自分の周りの人の為に祈ることはとても簡単です。

知らない人も含めて、皆の為に毎日祈ることも、難しいことではありません。

自分の幸せと皆の幸せを、日常的に祈る習慣があれば、

嫌いな人や敵対する人に祈ることは、皆の幸せへの祈りの延長なので、

難しいことではありません。

嫌なことがあった時、加害者の事をずっと考えてしまって、

長い時間心を乱されることは、健康な人間によくあることです。

心を乱されている時間のかわりに、その人の幸せを祈ることが出来ます。


被害者からウェル・ウィッシャー(その人の幸せを祈る人)への成長


祈っているうちに、その人が嫌なことをしてしまうバックグラウンドに同情し、

自分が加害者から、ウェル・ウィッシャー(幸せを祈る人)という大きな立場へと育ちます。

特に、自分が傷ついたことに関して、どうしても解決しない感情こそ、

傷つけた人に対して、幸せを祈ってあげることが、自分の中の状況の展開を生みます。


まずは、自分自身が「私は幸せになりたい!」ときっちり認識することが一番大切です。

「その為に何がどうなればOKなのか」という点をはっきりさせようとする習慣も必要です。



賢く生きる方法としてのスペース


自分の心を乱す人達からは、

物理的・精神的距離を充分置くのが、賢い生き方です。

そんな人達だって、誰だって、幸せに生きる権利はあります。

この世には広い広いスペースがあるのですから、

彼らには彼らのスペースを与えて、自分には自分のスペースを与えるのです。

他の人の意見や行動が、自分の平和に影響を与えていることを許しているのは

自分に他ならないのですから、何よりも、精神的なスペースをとること、

つまり精神的に自立することを学ぶしかありません。


その人が家族や会社、地域の一員である場合でも、

あからさまでも構わないので、スペースを置くことは出来ます。

問われたら、「自分には距離が必要」と言って分かってもらえる場合もあります。


しかし、常に顔を合わして共存していかないといけない場合は、

毎日その人の為に祈る習慣をつけるのが良いでしょう。

機会があれば、その人の幸せを祈っていることを優しく伝えるのも良いでしょう。


自分の為に祈ってくれている人に対して、悪く思う人はいません。

別に大の仲良しにならなくとも、互いに乱さずに、心地の良い距離を保てば良いのです。

その為にも、相手に対して祈る、という行為はとても有効です。

家内安全、快適な職場作り、そして世界平和も、

まずは相手に対して幸せを祈ることから始まります。

負の連鎖が続きそうな時こそ、「相手の幸せを祈る」ことが状況を打破させるのです。



追記:

感情は意識的に変えたりすることは出来ません。

その上、感情をコントロールしたり追いやったりするのはとても不健康です。

しかし、感情をどう表現するかは、意識して選択することが出来ます。

「相手の幸せを祈る」といった、有効な感情の表現の仕方、

「相手や自分を傷つける思想にふけり、その言動とをる」といった、

余計に状況を悪くして、負の連鎖を起こす感情の表現の仕方、

それぞれをよく知り、意識的に選択し、うまく表現する習慣を身につけるのは、

自分の精神的成長にとても役立ちます。


感情を否定したり、コントロールしようとするのは、

精神的に不健康なので、絶対にお勧めしません。

全ての感情はプラサーダム(授かり物)です。

感情に「ネガティブ」と名づけて自己嫌悪になったり、

「ポジティブ」と名づけて現実と直面出来なくなったりするのは、

最近の無責任なスピリチュアルな教えの結果です。



<< 祈りのステップ 目次へ <<

祈りは誰にでも出来る、願いを表現する行為です。

祈りに関する疑問に答えながら、祈りという行為について、
ステップごとに解説します。



関連記事:プージャスワミジが話してくれた、「サルヴェー バヴァントゥ スキナハ」の意味


アヒムサー(अहिंसा [ahiṃsā])について







サンスクリットの表記文字を勉強するのにも、良い学習教材が無い!
と常日頃思っていたので、自分で作りました。



     ・ ひとつひとつの音について、発音の口の動かし方の説明
     ・ 音の一覧表
     ・ 複合子音の発音と表記
     ・ ヴィサルガの発音
     ・ アヌッスヴァーラの発音
     ・ 用語一覧





   
 祈りの理論&サンスクリット語の祈りのことば

 ヴェーダーンタやサンスクリット語に興味を持たれたて来た方が、
 まず一番に習うプレーヤー(祈りの句)を、学び易いレイアウトで
 まとめました。

 さらに、「祈りって何?」「誰に祈るの?」
「神様を信じる必要はある?」といった、
 祈りの疑問に関しても、現代人の腑にすっきり落ちるよう、
 全て理論的に答えています。



サンスクリット語やヴェーダーンタを、より多くの人に、
わかりやすく説明した本を多数発行しています。

2015年3月30日月曜日

チャンドラーヤナ(चन्द्रायणम् [candrāyaṇam])

タパス(自制行為による祈りの方法)の中でも、

一番強力と言われるのが、「チャンドラーヤナ」と呼ばれる断食方法。


マハーバーラタでも、シャンカラーバーシャでも、

極端な「プラーヤスチッタ(パーパを中和する方法)」として出てきます。

彼らの視点で極端なのだから、現代人の私達が気軽に真似できるものでは無いのでしょうね。


内容はこんな感じです。

満月の日から始める。 食べる量は普段と同じ。

普段の量を15で割った量を把握します。

満月から1日目    15分の14を食べる

満月から2日目    15分の13を食べる

満月から3日目    15分の12を食べる

… このように15分の1ずつ減らしていく

満月から14日目   15分の1を食べる

新月の日       完全断食(水だけ)

新月から1日目    15分の1を食べる

… このように15分の1ずつ増やしていく

満月の日       普通の食事



という内容らしいです。


あくまでも、こういうのが文献にある、という話です。

読者に実行をお勧めしているわけではありませんからね~。私はお勧めしません!

実施したければ、お医者さんに相談して、ちゃんとアドヴァイスに沿ってくださいね。


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2015年3月20日金曜日

ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマ・ストートラムについて

विष्णुसहस्रनामस्तोत्रम् [viṣṇusahasranāmastotram]

ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマ・ストートラムとは


ヴィシュヌ神の1000の名前を、

108のシュローカにまとめたストートラムです。

北インドでも南インドでも、インド全国で広く愛されているストートラムです。

こちらのアシュラムでも、プージャスワミジの健康を祈って、

持続の象徴であるヴィシュヌのストートラムを毎晩チャンティングしています。

また、エーカーダシーの日にもお勧めです。

発音が難しいストートラムですが、聞くだけでも効果があります。



どうして1000もの名前が一人の神様にあるの?


なぜなら、「神様」というものに対する勘違いが、1000も、

というよりは、数え切れないほど沢山あるからです。


全てはひとつのバガヴァーン


ヴィシュヌも、シヴァも、ドゥルガーも、ガネーシャも、

全ての神々は、一つのバガヴァーンの現われです。

この宇宙そのものが、あなたの身体と心も含めて、

一つのバガヴァーンの現われなのです。

このバガヴァーンを正しく理解する為に1000もの名前を使って

教えてくれているのが、ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマ・ストートラムなのです。

逆に言うと、このようにわざわざ教えられるということは、

この宇宙全体について、そして自分達がどう宇宙と関わっているのか、

ということについて無知があるということです。


なぜバガヴァーンについて知ろうとするのか?


私達は、誰かと関係を深めるとき、その人について知ろうとします。

その人について知れば知るほど、その人とどういう関係を結ぶべきなのかがわかり、

そして、良い関係が深まります。

隣に住んでいて、毎日顔をあわせているけど、素性をぜんぜん知らない人がいたとします。

知らないうちは挨拶程度だったけれども、

何かのきっかけでその人のことを知ることになりました。

実はその人は大資産家で、世界中、いや宇宙中の富と資源の持ち主だった。
「ヴィシュワ(विश्वम् [viśvam])1番目の名前」
「ラクシュミーヴァーン(लक्ष्मीवान् [lakṣmīvān])361番目の名前」

そんな人とは良い関係を保って、お願いを聞いてもらったり、

悩みを聞いてもらったりもしたいですね。

その方法が「祈り」です。

バガヴァーンは「全て」なので、あなたの祈りはバガヴァーンの表れでもあるのです。


ヴィシュヴァ(全宇宙の)ルーパ(形として)・ダルシャナ(姿を見せる)の図。
炎に飛び込む蛾のように、ありとあらゆる者が破壊されるのを見て、
恐れおののくアルジュナ(左下)。
右下は、クリシュナに普通の姿に戻ってもらって喜んでいるアルジュナ。(ギーター11章51節)

どのようにしてバガヴァーンが全てなのか?


地球が軌道に沿って回っている。水は100度で沸騰し、0度で凍る。

私は愛されると嬉しいし、けなされると悲しい。

これらの物理学的、生理学的、心理学的といった全ての法則の知識は、

全てバガヴァーンのものであり、寸分の狂いも無く、ただ現れ続けます。
「サルヴァッニャ(सर्वज्ञः [sarvajñaḥ])453番目の名前」


祈り続け、もっと知り続けると、

あなたとバガヴァーンの間の距離が0(ゼロ)であることに気付きます。
「ヴィシュヌ、あまねく浸透する者(विष्णुः [viṣṇuḥ])2番目の名前」


何にどれだけ頼れるのか?


頼りになるもの、安心させてくれるものとは何でしょうか。

お金、人間、会社、政府、権力、、、

それらは、あればあるだけの便利性と安心を与えてくれます。

しかし、それらには全て限界があるということも知っています。

もしそれらが100%頼りになるものだと信じていたとしても、

遅かれ早かれ、それらの限界を思い知らされる出来事に見舞われます。

人生と言うものは、そういう教訓を与えてくれます。

それを教訓と受け止めずに同じ失敗を繰り返すのも人間ですが。


頼るべきでないものに頼っているから問題は続く


お金も人間も、全てには限度があります。

1万円のお金は、1万円分は頼りになりますが、10万円分の頼りにはなりません。

1人の人間は、その人の優しさ分だけは頼りになりますが、

スーパーマン分の頼りにはなりません。その人だって誰かを頼りにしているのです。

限界のあるものに、100%寄りかかろうとするのは、

発泡スチロールで出来た柱に全体重をかけて寄りかかっているのと同じです。


本当に頼るべきもの


しかし、何かを頼りにして、安心出来る支えがないと、

私達は精神的に健康に生きていけません。

お金でも人間でも何でも、頼れるものには頼るべきだけれども、

それぞれの限界をきちんと知っておく。

お金はそれ以上でもそれ以下でもない。

人間もそう。

その限界を作っているのは?

お金がお金であるという、原理とその知識。

とても複雑に出来ていて、それゆえに限界だらけの人間の身体と心。

それは生物学的、心理学的知識の塊です。


バガヴァーンの絶対不確実性を理解して、はじめて本当のリラックスがある


人間や社会に絶対確実性を求めることは出来ません。

しかし、この不確実性を作っている、あらゆる法則の集まりである全知識は、

絶対確実性のもとに作用しています。

手から離れたりんごが絶対確実に落下するように。

この絶対不確実な法則の全知識「サルヴァッニャ(453番目の名前)」が、

バガヴァーンなのです。

このようにして、バガヴァーンというものは認識するものなのです。


祈りの文化、それは個人一人ひとりが考える為の知識の文化


幾多の神々の幾多の姿、サンスクリット語の幾多の名前、

それらはひとつひとつには全て、説明すれば終わりが無いほどの知識が詰まっています。

それを紐解き、意味を深めるのが祈りのある生活です。

ただただ迷信的に偶像を崇拝しているのでは無いのですよ。




祈りのステップの目次 >>

2015年3月8日日曜日

ホーマ होमः [homaḥ]

ホーマとは、

ヴェーダの経典のカルマの部分で教えられている、

火を焚いて、その中にギー(精製バター)や穀物などの捧げものを、

特定のマントラを唱えながら捧げるという形の儀式です。


デーヴァターの中で一番足の速い、アグニ(火)・デーヴァターは、

捧げもの配達人です。


ヴェーダの儀式に特化した勉強を修めた祭司達に依頼して、

自分の要望や生まれた星のチャートにそって、儀式とその日程を決めてもらいます。


以下は、一般的に行われているホーマとその概要です。

ガナパティ・ホーマ(障害物を取り除いて目標達成)

ナヴァッグラハ・ホーマ(それぞれの惑星からのブレッシングを得て目標達成)

アーユッシャ・ホーマ(長寿、無病息災)

ムリッティユンジャヤ・ホーマ(健康を祈る)



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プージャー (पूजा [pūjā])

プージャーとは、

インドの家庭やお寺で毎日行われている儀式のことです。

このような儀式は、自分とイーシュワラ(全体)との関係を築くのに役立ちます。

人生を通して自分とイーシュワラの関係を築きながら、

「自分という一見小さな存在は、全体という巨大な存在と、

どの観点においても離れた別の存在ではない」

という認識をより明確にしていくのです。



この儀式は、祭壇をイーシュワラを呼び起こす場所と見立て、

清水、花、お香、ハンドベル、チャンティングなどを捧げながら、

心、体、感覚、全て使ってイーシュワラに感謝を表し、

「grace(恩恵)」を授かる一連の行為です。




この宇宙の全てを指して「イーシュワラ」と呼びます。


イーシュワラとは世界の全てなのですから、

実際は何時でも何においても、誰でもイーシュワラと離れることはないのです。

しかし、このイーシュワラを常に認識するためには、

イーシュワラの知識と理解が必要です。

ヴェーダが教える生活様式とは、全ての行動や現象において

「イーシュワラ(宇宙の全て)と自分は一体で、何においても離れていない」

という、イーシュワラと個人との関わりを正しく認識する為にあるのです。


毎日の生活習慣の中でも特にプージャーは、イーシュワラを認識する為に特化した行為です。


家でのプージャー・ルームの祭壇の飾りつけの例


プージャーにもいろいろな種類があります。
毎月私が欠かさず寺院でお願いしているプージャーを紹介します。
お願いするとは、お礼を渡して、サンカルパのときに私の名前と願いを入れてもらうということです。

サンカタハラ・チャトルティ・プージャー


地域によって異なりますが、満月または新月から、月齢4日目の夕方に行われるプージャーです。

障害物を司るデーヴァター「ガネーシャ」にマントラや清水などを捧げて

さまざまな願いを達成しようという、祈りの行為です。


プラドーシャ・プージャー


満月と新月から数えて、それぞれ月齢11日目の夕方に行われるプージャーです。

シヴァ神にアビシェーカ(聖油、清水によるお風呂とその後の飾りつけ)などを捧げて、

グレース(恩恵)を授かろうとする祈りの行為です。



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8.サンカルパ(सङ्कल्पः [saṅkalpaḥ])

サンカルパとは


何かしらの行動を起こす前に、

「私は今から、~を達成させる為に、~をします」と

はっきりと心で決めて自分に宣言することです。

なんだ、それだけか、と思うかもしれませんが、

サンカルパをするかしないかで、大きな違いが生まれるのです。

サンカルパをしているところを、
サーマヴェーディのブランマチャーリーに再現してもらいました。
ガネーシャのテンプルは、子供達が自主的に建てたんですよ。
そんなことを思いついて自分達で行動を起こす子供達!
その純粋な心に、いつも尊敬を覚えます。


祈りにおけるサンカルパ


さまざまな行為の中でも、祈りという行為では、特にサンカルパが重要です。

エーカーダシーをする時、プージャーをする時、シンプルに祈る時、

サンカルパをはっきりさせる習慣をつけましょう。


自由意志を与えられているのが人間ですが、

この世知辛い世の中で生き延びる為に、

「不本意ながらもこうしないと」と選択の余地が与えられないプレッシャーにさらされて、

いつでも自由意志を100&使えるわけではありません。

サヴァイヴァル・モードが高くなれば高くなるほど、

自由意志の自由度は低くなります。

しかし、祈りという行為は、そんなプレッシャーがありません。

祈りという行為において、自由意志の自由度は100%なのです。


祈りのサンカルパ


1.皆の為のサンカルパ

2.より特定的なサンカルパ


2つとも大事です。

特に、自分自身の精神的な成長をサンカルパにして祈ることが一番大事です。

どんな行為でも、「これは自分の成長の為」というサンカルパで行えば、

見た目の結果はプラスであれマイナスであれ、どうであっても、

「自分の成長」は必ずプラスにしかならないからです。


最優先価値が「自分自身の精神的な成長」である時、

家庭や社会の義務への態度が満足から現われるようになり、

失うものは何もなく、デーヴァター達も邪魔できません。

雨が降ろうと槍が降ろうと、私は成長するのですから。




辞書を引いてみた


ハラーユダ・コーシャというサンスクリットToサンスクリット辞書を引いてみると、、、

最初に開いたページに発見!ラッキー!

サンカルパ(सङ्कल्पः [saṅkalpaḥ])とは、、


説明1.

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
मानसं कर्म ;「心でする行為」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そう、サンカルパとは、何を隠そう、行為なのです。
だから必ず結果を生むのです。



説明2.

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
मनसा सङ्कल्पयति, वाचा अभिलपति, कर्मणा चोपपादयति इति हारीतः ।
「心でサンカルパ(決意)をし、
言葉で話し、
行動で実現する。」
(ハーリータ・ダルマ・スートラ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは、3種類の行為を反映しています。

この宇宙の現われは、以前のカルマ(行為)の現われです。

サンスクリット語で「人間(マヌッシャ)」の定義は、

「自由意志を使って、心と言葉と身体を使って行為する意識体」のことです。

別に地球人である必要はありません。



説明3.

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
सङ्कल्पेन विना राजन् यत्किञ्चित्कुरुते नरः ।
फलं चाल्पाल्पकं तस्य धर्मस्यार्द्धक्षयो भवेत् - इति भविष्यपुराणे ॥

「サンカルパをすること無く行動した場合、
(目に見える)結果はとても少なく、
プンニャ(目に見えない結果)も半分無駄になるだろう。」
(バヴィッシャ・プラーナ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


言葉を発したり、身体を使って行動したりするのも、

まず先に人間の頭で考えて、そのアイディアが言葉や身体を通して物理的に現われるのです。

ゆえに、自由意志を使って意識的に「思考を使う」=サンカルパをする

ということは、人間としてとても大事なのです。

反対に、サンカルパをしないということは、

自由意志を使わずに、脳みその科学的反応だけで機械的に発言・行動しているということです。

人間の特権である自由意志を使いこなせていないので、、、

まぁ、そんな人が殆どというのも事実で、

だから、サンカルパの大切さが教えられているのです。


どんなに思考能力や学歴や高い人ても、

この「サンカルパ」という行為は、意識しないと出来ません。

人間、機械的にでも複雑なことを考えられるものです。

そして、無意識的で幼稚な欲求から、理論を曲げてしまうのです。




サッティヤ・サンカルパとは


その人が考え事が全て実現してしまう人のことを、サッティヤ・サンカルパと呼びます。

18年間、その人の「考え」と「言葉」と「行動」全てを一致させて生きると、

その人はサッティヤ・サンカルパになると言われます。

もちろん、その人の考えは、ヴェーダなどの聖典の文献が教える価値感がベースになっていなければなりません。

そんな人は滅多なことは考えないでしょうし、

ましてや嫉妬やコンプレックス、不満とは無縁でしょう。

嘘もつく必要はないし、行動は全て、皆の幸福の為にされるわけですから、

その人のサンカルパの実現に必要なサポートは、

人間からもデーヴァターからも与えられるでしょう。

そんな人がサッティヤ・サンカルパなのだと思います。



サンカルパ・シャクティ


いままでに見たとおり、人間の目標達成の源は、はっきりとしたサンカルパです。

思ったことを実現させる力を、サンカルパ・シャクティといいます。

祈り以外の行為でも、実生活のさまざまな行動でサンカルパ・シャクティを使うべきです。

言葉や行動を意味のあるものにするのがサンカルパだからです。

コツは出来るだけ短い時間内の行動において、はっきりした目標を立てることです。

「家から駅まで歩く間に、これだけのシュローカを憶える」

「この1時間、集中して、先生の言葉も言いたいことも気持ちも、全部受け止める」

といった感じです。

これがボヤけていると、ぼんやりしたまま、あまり何も達成出来ずに年月が過ぎていくものです。


最近見かける「ドリームノート」や「新月のデクラレーション」とかも、

このサンカルパ・シャクティを、現代人の為に利用しやすくしたものなのでしょうかね。


あと、「今日から絶対怒らない。怒るのを辞めます」というようなサンカルパは

サンカルパ・シャクティを無視しているので、実現しないどころか余計に問題を増やします。

怒りは状況に対する心理的な機械的反応です。怒りを覚えること自体に私達の選択はありません。

コップから手を離せば落下するのと同じ原理です。

「コップが落下しませんように」というサンカルパをしているのと同じくらい愚かな事なのです。

しかし、「怒った時に、当事者と周りの人に対して、

言葉や行動で傷つけることを、どんなに微細なレベルでもしないようにします」

というサンカルパはとても実用的で、周りの人間や動植物に対してはもちろん

自分に対しても非常に有益なサンカルパです。




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2015年3月7日土曜日

7.どのように祈るのか 3つの祈りのタイプ

祈りを表す為の行為にはいろいろな種類があります。


大きく分けて3つありますが、全てはサンカルパが大事です。

祈りをする前、行動をする前、エーカーダシーをする時には、必ずサンカルパをしましょう。


1.自分でする祈り


・ 日々の祈り

  毎日祈る時間と場所を決めて、心を使って祈るという行為。
  祈る時間は朝と夕方の入浴後でなおかつ食前が良いとされています。
  祈る場所は、家に祭壇を設けたり、お寺や神社に毎日通ったりするのもよいですが、
  自分の部屋に清潔で静かな一部分があれば、そこから始めてもよいでしょう。
  

祈りをする時間と場所は決まっていても、
毎日祈っているうちに、生活そのものが祈りとなり、
自分が行う、全ての思考や言葉、行為が、
「プレーヤーフル(祈りのこもった)」ものとなるのですよ。


・ エーカーダシー

  新月から11月齢目の日と、満月から11月齢目の日にする断食です。
  断食は「ウパヴァーサ」と呼ばれ、イーシュワラの近く(ウパ)に、
  心を置く(ヴァーサ)という意味です。そのように過ごしましょう。
  断食といっても、何を摂取するかしないかは地域や個人によって大きく異なります。
  インドでは一般的には、水、フルーツ、断食用の食事(!)は摂取します。
  断食用の食事とは、ジャガイモ、タピオカ、ウオーターチェスナッツ、岩塩などです。
  食事をしないで済んだ時間は、ジャパなどをする為に使います。
  モウナムやガンガー沐浴にも適した日です。
  祈りや勉強に集中できる良い日です。
  翌日の朝食は、ヴィシュヌの祈りを捧げた後に必ず食べます。


2.イシュタ(祈りの儀式)


・ プージャー(祈りの儀式)
  自分で家や職場でも出来ます。
  もちろん、寺院で祈祷を頼むことも出来ます。

・ ホーマ(火の儀式)
  ヴェーダで教えられている儀式の手順に従って執り行われる儀式です。
  小さなものなら個人でも出来ますが、通常は祭司に依頼して執り行ってもらいます。



3.プールタ(慈善行為)


・ サドゥー、ヴェーダを勉強する人、聖地巡礼者などに対する寄贈
  
・ 学校、水飲み場、バス停などに屋根をつけることなど、社会に役立つ寄贈

・ お寺や神社に寄贈したり、新しくお寺や神社を建ててもらう為の寄贈
  


祈りの国インドでは、イシュタ(儀式的な行為)とプールタ(慈善行為)が、
全国で毎日様々な規模で、お金持ちから貧乏な人によってまで、
多くの人々によってなされています。

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