2016年1月31日日曜日

神々を身近に感じる生き方、ヒンドゥイズム

広大なインドの、どの地域のどの村でも、

ヴェーダの伝統が残る場所に行って、

そこなへんにいるおじさんやおばさんに、

「神様はどこにいますか?」

という質問をしたならば、

必ず驚いてキョトンとした顔をされるでしょう。

なぜなら、

「ここにある全ては神様(バガヴァーン)」

なのですから。

神様のいないところなど、ないのです。


神様が多数存在しているのが多神教。

ひとつの神様が、私やあなたや、動植物とは別に存在しているのが一神教。

神しか存在するものはない、存在しているのは神のみ、というのがヒンドゥー教です。



ここにあるもの全て、木も花も、空も、惑星も、

うざい連れ合いも、憎いあの人も、全てはバガヴァーンなのです。

そして、私の身体も、食べ物も、それが変化した細胞も、それを可能にしている知識も、

私の生理機能も、私の全ての感情も、それを引き起こした全ての原因と、

それを可能にしている全ての知識も、全てはバガヴァーンなのです。


全てであるバガヴァーンは、全てであるがゆえに、

バガヴァーンの本質は、今ここに在る私自身なのです。


この事実をきちんと教えるのが、ヴェーダというサンスクリット語の文献です。


そして、こんなすごい事実があることを気付かせてくれるために、

いろいろな仕掛けを、日々の生活の中に仕組んでいるのが、

インド伝統の生活様式(ヒンドゥイズム)です。


宇宙にも、自分の中にも、周りの人々や動植物にも、

共通に存在している、さまざまな法則を、デーヴァター(神々)と呼びます。

この宇宙の全知識であるバガヴァーンを、

様々な側面から見て神格化したのが、デーヴァターです。


インド伝統の生活様式には、

毎日の一挙手一投足に、人生の全ての出来事に、

デヴァター(神々)の存在と、そのグレース(神々の成せる業)を認識させるために、

様々な仕掛けが、いたるところに仕組まれています。


これらの仕掛けは「祈る」という行為によって作動します。


祈ることによって、様々なデーヴァター達が姿をあらわしてくるのです。

つまり、今まで当たり前だったものの中に、神々を認識できるようになるのです。


ヴェーダの伝統生活では、朝から晩まで祈り続きです。

朝起きたとき、ベッドから降りるとき、お風呂に入るとき、

太陽礼拝をするとき、 テンプルにお参りするとき、食べるとき、勉強するとき、、、

祈る機会が盛りだくさんです。

そうやって祈っていると、
 
掌に、地面に、お風呂の水に、足首に、テンプル(寺院)に、祈りのことばに、

食べ物に、消化機能に、自分の知能に、先生に、全てに宿っている神々が、

ちょこちょこと顔を出してくるのです。

つまり、私たちの認識の中に入ってくるのです。



朝起きたら、自分の掌を見て、掌に宿る女神たちを見るためのお祈りを捧げます。

自分が造ったり、奏でたり、書いたり、描いたり、撫でてあげたり出来るのは、

この宇宙を動かしている女神たちのシャクティ(能力)の表れなのだと、

祈りを通して、認識できるようになるのです。


ベッドから起きて、初めて地面を踏むときは、この豊かな地球そのものである、

ラクシュミー女神に、足で触れてしまうことへの許しを得るための祈りを捧げます。

この地球上にある全ての富とは、ラクシュミーの表れであると認識し、

彼女の法則に沿って豊かに生きることを学びます。



祈りについて語りだしたら切がありません。

こちらの図書も参考にして下さい。


このトピックはまだまだ続きます。

予定しているタイトル:

ヒンドゥーの神々の様々なフォルム(色・形)について

幾多もある神々の名前(ナーマ)について

2017年9月に、今教えている3年コースが終わり、私の体が少し自由になるので、

その時に、ヴィシュヌ・サハッスラ・ナーマの意味を、

日本の皆さんとシェアしたい!と思っております。

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